山颪の日記

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help リーダーに追加 RSS 「ダルビッシュと日の丸」について

<<   作成日時 : 2008/08/19 15:25   >>

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朝日新聞18日付「声」欄に「国家無縁とは五輪の理想論」という投書が紹介された。同紙の12日付け「看看北京」で西村欣一編集委員が綴った「ダルビッシュと日の丸」に対する反論である。

さて、どんな内容だったのかと、古紙を引っ張り出して読んでみた。
それによると、野球の日本代表選手である日本ハムのエース、ダルビッシュ・有投手は西村氏が日の丸の重さについて問うと、表情を変えずに「何回も言いますが、日の丸は僕の中で絵でしかない。何も思わないです」と答えたという。
西村氏はこの発言を聞いて「日本を含めて国家主義的なにおいが立ちこめるなか、一人のアスリートの言葉に救われる思いがした」。そして、「オリンピックは、個人種目または団体種目での選手間の競技であり、国家間の競争ではない」という五輪憲章を紹介し、「選手が国家の重みに押しつぶされて力を出し切れないシーンだけは見たくない」と述べる。
ダルビッシュは日本とイランの混血児だが、日本国籍を選んだ。それは日本を愛すればこそで、西村氏は「日の丸の重みになど負けず、ボールを言語として野球というスポーツを戦おうとしている。日の丸はただチームの象徴であるだけだ」と、ダルビッシュの五輪に臨む姿を点描し、次のように記事を結ぶ。
自戒も込めて、メダルの数だけを数える五輪にはしたくない。選手とチームは国家など背負ってはいない。アスリートはすべての力を出し切ることにだけ、集中してほしい。その姿に見る人は感動し、勇気をもらう。ダルビッシュ投手の言葉を聞いて、あらためて、その思いが強くなった。

これに対して、投書者は「現実離れした理想論」だとし、「かつてナチスドイツや東欧の旧社会主義国が五輪を国威発揚の場として利用したという。これと同様のメダル競争は論外だが、純粋に自国の選手を応援し、メダルの数を数えて喜ぶ五輪も自然の姿ではないか」と述べている。極めて素直な一般国民の反応だと思う。

ダルビッシュにしても、高校球児、プロ野球人として郷土を意識しないはずはなく、日本の代表選手として金メダルを目指していると思う。西村氏の記事では「日の丸なんて関係ない」というダルビッシュに短絡され、誤解を生みそうな気がする。
西村氏の五輪哲学はかねて崇高なものであり、ダルビッシュは、その手の中で、上手に脚色されてしまった。

これとの関連で言えば、「国威発揚のために金メダルを量産する中国にうんざりしていた」という潮智史編集委員によるきょう(19日)の「看看北京」に登場するかつての中国女子体操選手・白春月さんも、同じようなスタンスで料理されている。(了)

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